きゃりあ・ぷれす

りーだーず・ぷれす
「自分で何かをやりたい」「発信したい」と考える
『きゃりあ・ぷれす』読者による連載コラムです。
各担当者がそれぞれのテーマをに沿って、
思いを綴りながら、自らを成長させていく過程は、
共通の悩み・興味を持つ読者の皆さんにとっても、
共感を持ってお読みいただけると思います。
ご意見やご感想、質問などもお待ちしています。
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トナリノさん
『トナリノ通信』
第10回
『原発事故に直面して』
〜3.11福島第一原子力発電所事故〜
私が福島第一電子力発電所を見学に訪れたのは2010年11月30日。海はきらきら輝いて空はよく晴れて、地元はのどかな空気に包まれ人々はのんびり暮らしていました。それが一変したのがあの3月11日の巨大地震です。福島県の真ん中あたりに位置する私の住む地域は震度6強。建物の3階で仕事をしていた私は、今までに体験したことのない大きな長い揺れに恐怖を感じながら何とか外に避難しました。携帯電話が通じず家族の安否を心配しながらようやく夕方自宅に辿り着くも、家の中は足の踏み場もないほど家具や食器が散乱し、ペットの猫はベッドの下で小さく震えていました。家そのものの損傷はなくライフラインも自分の地域は幸運にも支障は出ませんでした。片づけに取り掛かりテレビをつけると衝撃的な映像が流れ、手が止まって立ちすくんでしまいました。映画でも見ているのではないかと思ってしまうほど、大地震と巨大津波の猛威に血の気が引いていくような感覚に襲われました。

そういった中で聞いた原子力発電所の全電源喪失のニュースは、最初の報道で地獄の入り口の黒いスイッチが入ったようなイヤな感覚を覚えました。1号機・3号機の建屋の水素爆発、2号機の格納容器損傷、そして4号機の火災と次々と深刻な事態が発生していく様子を、仕事も手につかない状態で祈るような気持ちで毎日見守っていました。そんな日がもう一か月以上も続き事態は今もなお進行中ですが、正しい知識を得て現実を認識していくうちに、だんだん冷静に行動できるようになってきました。発電所見学のときには、原子力発電所は何重にも安全対策が施され、絶対安全なのだと説明を受けました。しかし私は絶対安全などとはありえない、エネルギー政策が原子力発電に傾斜していくことはリスクが高すぎると感じていました。難しいことはわかりませんが、電源喪失によって燃料棒が冷却できなくなるなど、こんな初歩的なことで大事故が起こるとは考えてもみませんでした。海沿いなのだから津波対策は万全なのだろうと思っていましたし、全ての電源装置が地下にあり、水が入り込んだらおしまいで、他の代替えの用意がないことなど信じられません。加えて、保安院や原子力安全委員会、政府、東京電力の連携がまるでなっていないことが露呈しました。原発事故が起こることは想定していなかったということなのでしょうか。

あの日から一か月以上が過ぎ、少しずつ復興の兆しが見えてきましたが、福島県はペースが牛歩の歩みです。20キロ圏内の遺体収容や瓦礫の撤去はままならず、住民は長年住んだ故郷を捨てて出ていかざるを得ません。更に、地元が困惑しているのは風評被害です。福島は汚染されていると「放射線差別」を受けているのです。ニュースでは朝から晩まで、福島、福島を連発しています。何回も何回も聞かされているうちに、福島県全部が危険地域で放射線が出ていると刷り込まれてしまっているようです。農産物が敬遠され、他県に避難している子供たちが、放射線がうつると言われ、福島ナンバー車が通行禁止を告げられるなど、明らかな差別を受けていることを実感しています。国内でこの状況なのですから、海外で日本製品が敬遠されるのは仕方のないことなのでしょう。世界は日本全体が危険だと思っていると思います。このまま日本ブランドが衰退していくのではないかとさえ危惧されます。日本全体が危険だなんて勘違いだと日本人なら誰でも理解できると思いますが、世界で起こっていることも同じことなのです。どうか正しい知識と情報をしっかり持って行動してほしいと願います。

また、電気の恩恵を受けている地域とリスクを負う地域が異なっているという点もきちんと認識してほしいと思います。これは福島に限ったことではないのですが、自分たちが使っている電気がどこで作られているのかをきちんと知っておくべきだと思います。東京電力管内に原子力発電所はひとつもありません。東京の経済を支えてきた福島はもう原子力で送電することは困難でしょう。

国際原子力評価尺度レベル7という事態になりましたが、日本の原子力発電所をこれからも増設するエネルギー計画はすでにできています。今も原子力発電所は稼働していますし、電気の3分の1を原子力でまかなって現在の生活が維持できています。しかしどんなに万全を期してもリスクゼロの原子力発電はあり得ません。自分が使う電気の原子力発電所が自分の家のすぐそばにあったらどうでしょうか。それでも電気をどんどん使い続け発電所を増やしていくでしょうか。電気のゴミと言われる高レベル放射性廃棄物の最終処分場も決まっていないのに、原子力発電を推進していくことはもはやできないのです。

今、ライフスタイルの転換や価値観の見直しが必要なときです。子供や孫の将来世代に先送りをしてはいけないのです。目の前に投げかけられている課題にみんなで向き合うことが求められています。世界から日本が、日本人が問われています。

一方で、今回の大震災で得たものもたくさんあります。国内や海外からのたくさんの人や物資の支援。決して豊かではない国からの支援もありました。これまで日本がODAなどを通して支援してきた国々からです。非常事態ではモノの豊かさよりも心の豊かさが大切だったこと、人と人とがつながることによって生きていけることを実感しました。心が豊かであればモノは次第に集まってくると。